第1話:イン・トランジット
ある日、不思議な夢をみた。 空っぽの空間に自分が浮かんでいる。 周りをキョロキョロと見渡しても、何もない。 自分の身体すら無い。 そして、目覚めているかのように、やけに頭がハッキリとしている。
これは…夢の中? 周りに何もなくて非現実的なのに、 頭だけは冴えていて…すごく不思議な感じだ。
しばらく戸惑っていると、突然、目の前に四角いカラフルな物体が浮かび上がった。

その物体は、マトリョーシカのように、透明なサイコロが幾つも入れ子になっているような形をしていた。 内側のサイコロが外側に出てきたり、外側のサイコロが内側に入っていったりと、複雑にうごめいている。
物体が、僕に語りかけてきた。
やあ、はじめまして。 私の名前は**「テセラクト」**。
テセラクトの言葉を受け、頭の中に疑問が次々と浮かんできた。 こちらから質問をしたいところだが、身体がなくて声が出せない。 どうやったら、こちらから話しかけられるのだろう? そもそも、僕はテセラクトの言葉をどうやって聞いているんだろう?
あ… 遮って悪いけど、心配ないよ。 君が思い浮かべるだけで、その内容はこちらに伝わるんだ。
僕は、話したいことを頭の中で音読してみた。
はじめまして、テセラクト。 …これで聞こえているのかな?
うん、聞こえているよ。 はじめまして。
おお、本当に聞こえるんだね… ますます不思議な感じだ。 君はこれが夢じゃないと言っていたけど、 つまり、いま僕は“頭だけ起きてる”状態なの?
いや、そういう訳じゃないな。 君の身体と一緒に、君の脳もぐっすりと眠っているよ。 君の脳は、いつも通り夢でも見ているだろうね。
えっ?! 僕は今ここにいるのに… 眠って夢を見ている僕がまた別に居るの? つまり、どういう事?
簡単に言うとだね。 意識と脳は、本来別々のものなんだ。 そして私は、君の意識だけを呼び出している。
ええと…難しくてよくわからないよ… なぜ意識だけだと会話ができないの?
意識はそれ単体だと、“ただ自己が存在しているということを感じる”ことしかできないんだ。 だから、もし意識だけをポツンとここに呼び出したならば、君は私の語りかけを認識することも、応答することもできないだろう。
そうなのかあ… じゃあつまり、君と話すために僕の意識はいまここに呼び出されている、と。 そのために、意識だけだと会話できないから、僕の脳にそっくりなものを君が作ってくれた、ということ…? うーん、ちょっと頭が追いつかないや。
君たちの宇宙における学説に、量子脳理論というものがある。 その理論を前提とすると、理解しやすいと思うよ。
!? 意識は僕の身体の中にあるものではないということ?
宇宙の中には、意識と相互作用する機能をもった特殊な物があるんだ。 君たちのような生物の脳が、その一つだ。 君たちの脳は、生まれた瞬間に近くを飛んでいる意識を捕まえて、捕まえておく特性がある。
脳と意識は本来別々で、 脳が意識を捕まえて、共存しているってことか…
もちろん大丈夫さ。 ここは空港のトランジットのようなものだよ。 海外旅行をする時、どんな国に行っても君の国籍は変わらないだろう? 一時的に君の意識のピントがここに合っているだけで、他の何にも影響はない。
なるほど… 少しずつ、なんとなく、イメージ出来てきた気がする。
うん、その通り。 君と私は、別な宇宙の、全く別な時間にいる存在どうし、ということになるね。 少なくとも君たちの宇宙でいうところの、はるか未来の人類の姿。 かなり高度な文明をもつ存在だとイメージして貰えれば良い。
うん…うん。 なんとなく理解できた気がするよ。 難しいけど、なんだかワクワクする話だね。 僕、こんな話好きなんだ。
そう、君はこんな話が好きなんだよね。 だから、今回私たちに君が選ばれたんだ。
選ばれたってどういうこと?
簡潔に言うと、君にお願いしたいことがあるんだ。
え、じゃあその度にまたこうやって君と話すってこと?
次からは私と話すわけじゃないよ。
なるほど、僕と同じようなことを考えている人と話すってことだね。 それはちょっと楽しそうだな。 僕は普段からフシギなことばっかり考えているし、話し相手が欲しかったからね。
私は管制塔のような場所で、君たちの会話をひたすら観察させてもらうよ。 そして君も、目が覚めたら、その日会話した内容を何かに記録して欲しいんだ。
あれ、君が観察しているから、それで十分なんじゃないの? なぜ、僕の方でも会話の記録をしなければならないの?
確かに私のほうでも記録は取っているし、こちらの宇宙にとってはそれで十分だ。 ただ…君たちの宇宙にとっては、君による記録が必要になんだ。
僕たちの宇宙にとって、僕の記録が必要になる…? どういうこと?
シンプルに伝えるなら、私のミッションは君の宇宙でも量子脳交信の技術を開発してもらうことなんだ。 そうすることで、お互いに交信して、さらなる技術の発展を目指す。 企業による資源開発のようなイメージだね。
えっ、それって僕が君たちのすごい技術を教えてもらって、 こっちで自分で通信技術の開発をするってこと…?
いや、そういう訳ではないんだ。 君が直接、量子脳交信の技術を開発するわけじゃない。 そもそも君たちの文明で量子脳交信が開発されるのは、ざっくりいって数万年後だ。 君はそのきっかけの一つに過ぎない。
そうなんだね。 今から科学者になるくらいの勉強を始めなければならないのかと思ったけど、安心したよ。 記録っていうのは、具体的にどういう風にすれば良いのかな?
記録の方法や場所は、何でも良いんだ。 紙でも良い、インターネットでも良い、なんなら地面への落書きでも良いさ。 何でも良いから、いつかどこかの誰かの目に触れる場所に、交信した内容を記録していってほしい。
なるほど。 ちょうど僕はブログをやっているから、そこに記録していこうと思うよ。 ただ、目が覚めてから、それが夢なのか交信の記憶なのか、区別がつかなかったらどうしよう。
夢と違って量子脳交信は明らかにハッキリと記憶に残る。 から、それで区別はつくよ。
なるほど、ここでの記憶は失われないんだね。それはよかった。 印象的な夢を見ることもあるけど、さすがに現実の記憶と混同することはないから、大丈夫そうだね。
少し補足すると、君らが見る夢っていうのはある種の量子脳交信といえる。 厳密には交信ではなくて、チャンネルをずっとぐるぐると回しつづけているラジオの様に、一方的に受信しているだけだけどね。
へえ、夢ってそういうものだったんだ。面白いね。
私たちが君の宇宙から呼び出した存在は今のところ君しかいない。 けど、同じ技術を持って、未開拓の宇宙へアプローチをかけている宇宙がほかにも山ほどあるのは事実だ。
えーっ、そうなのか…! じゃあ既に僕と同じように、夢の中でこんな感じの体験をしてきた人がいるかもしれないんだね。
もしかしたら、君たちの歴史上の有名人にもいるかもしれないね。 夢の中でアイデアが浮かんだと言っているアーティストや、突然数式を閃いた学者なんかは、他の宇宙でもよくあるパターンだよ。
そうなんだね。あまり欲張らないように心がけるよ。
その心配はないよ。 量子脳交信は、近しい考え方や、縁のある存在と繋がりやすいという性質がある。 君と同じ宇宙や、同じような文明を持った生物、 もっと言うと、君と同じような価値観を持った存在と繋がりやすいんだ。
なるほど、わかったよ。 テサラクト、またこうしてゆっくり話せるかどうかはわからないけど…またその時が来たら、積もる話でも…しようね。
Xでシェア君の意識が君の身体のもとへ戻ろうとしている合図だよ。 交信が終了の準備に入っているんだ。 ぼーっとしてきたら、その交信での会話は十分にできたってこと。 だから、安心して戻って大丈夫さ。
