フシギな話:大乗アート教

2023-10-09 2026-06-05 アートフシギ
ちゅっく

「フシギな話」は、僕が生活の中でふと思いついたフシギなテーマについて、さまざまな形式で綴るシリーズです。
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※注意:内容はあくまで僕の想像にもとづく創作であり、科学的な事実とは異なります。

第2話:大乗アート教

ふと目を覚ますと、何もない空間が広がっていた。
この感じ…。すぐに、前回の記憶が蘇る。

ここは、宇宙を越えた特別な場所。
僕は今からここで、どこかの誰かと対話をする。
その相手もまた、遥か彼方からここに呼び寄せられる。

ただ一つ、“僕と共通の話題がある”という条件のもと、時を、星を、宇宙を越えて、選ばれた存在がここにやってくる。
僕はその相手と、僕が思いついたテーマについて会話をする。

暫くすると、目の前に画家風の格好をした動物のような者が現れた。

画家風の帽子をかぶった黒い毛むくじゃらの動物が絵具とパレットを前にする

ちゅっく

やあ、はじめまして。
僕はちゅっく。

ゲスト

はじめまして。
私はゴッシ。

ちゅっく

どうやら、僕たちは全く違う世界から今ここに来ているらしいんだ。
夢だと思って、少しの間だけ会話に付き合ってくれるかな。

ゲスト

まさに夢って感じの状況だね。
面白そうだし、付き合うよ。

ちゅっく

突然だけど、君に聞きたいことがあるんだ。

ゲスト

何だい?

ちゅっく

生きる意味って、なんだと思う?

ゲスト

唐突で大きいテーマだね。
君はどう考えているの?

ちゅっく

僕は最近子供が生まれたんだけど、それから何もかもが意義深く感じているんだ。

ゲスト

ほう。

ちゅっく

今までは、仕事とか、家事とか、人生におけるそういう時間は、どこか義務的で単調なものに感じていた。
けど、今はその全てが我が子の命を育むための手段になっている。
そう思うと、何をしていてもすごく充実した気持ちでいられるんだ。

ゲスト

素晴らしい話じゃないか。
つまり、君にとっては子どもが生きる意味なんだね。

ちゅっく

うん、少なくともここ最近の僕にとってはそうだ。
だから、全く違う世界で異なる価値観を持つ君はどうなのかなと思ってね。
考えを聞かせてよ。

ゲスト

私たちにとっても子供は希望を与えてくれる素晴らしい存在だよ。

でも、私たちはその問いに対してもう少し包括的で画一的な答えを持っている。
生きる意味というのは“感じること”なんだ。

ちゅっく

感じること?

ゲスト

うん、生きている間にどれだけ何かを感じられるか、ということだ。

ちゅっく

感じるって、具体的にはどんなことを指しているの?
感じ方にもいろいろ種類があるよね。

ゲスト

ネガティブな感情でなければ何でも良いさ。
喜び、楽しみ、あこがれ、ワクワク、うっとり…そういうものなら何でもOKだ。

ちゅっく

なるほど。
すると君の世界では、家庭を育むのも、友達と遊ぶのも、仕事をするのも、趣味に打ち込むのも、すべて自分自身が何かを感じるため、ということなんだね。

ゲスト

その通りだね。
そして、自分が感じるだけではなく、いかに他者に“感じさせる”かも大事だよ。

ちゅっく

感じることも、感じさせることも、両方大事なの?

ゲスト

うん。
皆が感じようとするばかりじゃダメだ。
需要ばっかりあっても、供給が追いつかなくなるだろう。
誰もが何かを感じさせようと頑張るからこそ、世界は何かを感じられる機会で溢れるんだ。

ちゅっく

確かにそうだね。
誰かに何かを感じさせるために頑張ることって、例えばどんな事?

ゲスト

最もシンプルなのは、自分の内面を表現し続けることだ。
つまり、アートだね。
誰もがアートに生きるべきであり、それが唯一にして最上の生き方なんだ。
これは私たちの世界で共通の宗教でありルールでもある。
大乗アート教と呼ばれているよ。

ちゅっく

世界で共通の考え方を持っているなんて素晴らしいね。
でもアートって高度で、誰もが出来る事ではないんじゃない?

ゲスト

もちろん、映画を撮ったり、音楽を作曲したり、絵を描いたり、文章を書いたり…
そういう事を皆が出来るわけじゃないね。

ちゅっく

うん、そうだよね。

ゲスト

別に難しいことはしなくても良いんだ。
一人ぼっちでも、スキルがなくても、お金がなくても…
どんな環境でも、きっと何かはできるはずだからね。
自分にできる限りのことを、できる範囲に向けてやり続ければ良いさ。

ちゅっく

難しくないアートってどんなこと?

ゲスト

そうだなあ…
好きな服を着て出かけたり、庭で好きな花を育てたり、あるいは、会話の中で面白いことを言ってみたり…
例えば、そんなような事でも十分なのさ。

ちゅっく

ほんの些細なことでもいいんだね。
そして、アートを向ける先が目の前の相手一人だけでも、良いということか。

ゲスト

とにかく受け身で感じるだけではなく、どんな方法でも良いから、どんなに小規模でも良いから、自分の内面を具現化して表出しつづけることが大事なんだ。

ちゅっく

僕たちの世界でも教訓になりそうな考えだよ、ありがとう。

ところで、最初に子供の話をしていたけど、君たちにとって子供はどういう存在なのか教えてほしいな。

ゲスト

子供ね。
先に話した通り、私たちの生きる目的は感じることだ。

ちゅっく

うん。

ゲスト

すると、私たちの種全体の目的はこうだ。
“感じる”量を増やすこと。
つまり、種全体としてのフィーリングの量を最大化することにある。

ちゅっく

ほう。

ゲスト

そのためには、フィーリングの源泉であるアートと、アートをつくる存在、それらは増えれば増えるほど良い。
私たちにとって、生殖はそのための手段の一つだ。

ちゅっく

アートを育むために、命を育むということなんだね。

ゲスト

うん。
一個にとって命はひとつだし、寿命も限りがあるだろう。
けど、一個が作ったアートと、それが生んだフィーリングは残り続ける。
命を燃やして生まれたアートとフィーリングは、命が燃え尽きたあとも巡り続けるんだ。

だからこそ子供という次なる命は、次なるフィーリングを生む存在として、
私たちにとって希望に溢れたものなんだよ。

ちゅっく

なるほど、良い考え方だ。

ゲスト

実はね、私自身は子供がいないんだ。
だからなおさら、大乗アート教の素晴らしさを感じているんだよ。

ちゅっく

そうだったのか。
君が感じている素晴らしさとは何?

ゲスト

何かを感じつづけて、アートに生きつづけてさえいれば、自己は実現できる。種のためにもなる。
これが私たちの価値観だからね。

これってつまり、心さえあれば十分ってことなんだ。

子供がなくても、人望がなくても、お金がなくても、体が弱くても…
どんな過酷な環境も状況も、私たちからアートを生む心を奪うことは出来ないのさ。

ちゅっく

感じること・表現することが最上位にあるからこそ、それが満たされてさえいれば人生は充実しているんだね。

ゲスト

その通りだよ。
おや…なんだか視界が霞んできたな。

ちゅっく

…少しずつ意識が薄れてきたね、これは終わりの合図なんだ。
今日はすごく刺激になる会話をありがとう。

ゲスト

どういたし…まして。
君が…良いフィーリングに恵まれることを…祈っているよ。


ちゅっく

読んでいただき、ありがとうございました。
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